社会学の構造変容

Mathieu Deflem
www.mathieudeflem.net

This is a copy of the Japanese translation of my article, "The Structural Transformation of Sociology," published in 社会学の構造変容, March 2015. Translation by 久慈 利武.
Also available in pdf format and online from the journal

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Please cite as: Deflem, Mathieu. 2015. "社会学の構造変容." 東北学院大学教養学部論集 170:117-134.



【梗概】 この 10 年にわたる公共社会学の登場は社会学における一連の危機運動の終焉を 表現する。1950 年以来,特に 1960 年代に,社会学は保守的で現状維持に寄与すると見なさ れたので,危機にあるといわれてきた。結果として 1970 年代は社会学の過激化を目撃し, 1980 年代は社会学の一般的衰退をみせた。1990 年代の盛り返しによって,危機の支持者は 公共社会学の題目の下に,重く政治武装した社会学への更新されたコミットメントの形を 取った復讐をしに戻ってきた。公共社会学はまったく制度化され広く支持された見方である。 社会学においては,1960 年代の影響が 40 年遅れで切実に感じられ始めた。

序論 

1960 年代以来のアカデミック文化の発展を背景にして,アメリカ社会学の制度化の展望 と問題点を論じる。特に社会学の学会組織と高等教育における社会学の教え方と学び方への 影響に絞って。社会学の創設者によって構想された社会学の役割を描くことから始める。近 代社会学の発達の中で,わたしは社会学がしているべきことをしていない,従って社会学は 何らかの危機状態にあるという観念にとりつかれていることを明らかにするつもりである。 1960 年代のある種の文化潮流はこの観念を増幅し,以後の社会学の実践,特に社会学の学 会組織と高等教育での教え方の面に大いに影響を与えてきた。

社会学と社会が特別に結びついていたという単純な事実を所与とすれば,他の社会科学が 味わわなかった仕方で 60 年代は社会学に特別に影響を与えたことは別に驚くことではない。 1960 年代に叫ばれた西欧社会の危機は社会学が危機の状態にあるという議論を巻き起こし た。もっと衝撃なのは,はるかに知られることが少ないのは,より最近の数十年は,社会学 において危機の観念が再び盛り返した反応を見せていることである。しかも旧来の危機防衛 者が予測したり,他者が恐れるものをはるかに超えたインパクトをもって。社会学の危機運 動の歴史のコンテキストに位置しながら,私はこれらの発展が社会学の学会組織にとっても つ含意と,アメリカの大学における社会学の状況を論じる。他の変容としては,社会学が真 社会学の構造変容 の性質を回復するには教育の道徳的役割の更新が必要であることを論じる。

1. 社会学の約束

近代社会学への発展において,タルコット・パーソンズの名は学問の面でも,専門職化の 面でも他の誰よりも傑出している。マックス・ウェーバーが死去してほんの数年後に,元々 ドイツ・ハイデルベルクで社会学の教育を受けた,パーソンズの経歴は当初はゆっくりした 上昇であった。彼は 1927 年にハーヴァードで経済学の教員となり,1931 年にピティリム・ ソローキンによって新しく創設された社会学科に移籍した。ソローキンとパーソンズの支配 をめぐる引き続く内部闘争のダイナミックスはここでの我々の関心事ではない。パーソンズ が彼の偉大な学問上の仕事面での本来の貢献と実践としての社会学は専門職的次元も持つと いう彼の鋭い自覚の故に,パーソンズが勝利したことを知るだけで十分である。実際専門職 の社会学におけるパーソンズの主要な研究領域の中では,医療職と法律職のそれは彼が創設 の父と見なされている。

プロフェッションについて書くだけで満足せず,パーソンズは社会学の制度化と専門職化 に向けて様々の仕方で具体的な仕事をした。ハーヴァードの有名な社会関係学科を設立し リードするのに彼は活躍した。この学際的実験は 1946 年から 1972 年のほぼ 30 年間続いた。 その間彼は合衆国と世界で広く指導的社会学者(特に理論家)として名をはせた。パーソン ズの著作の内在的メリットが何であれ,これらのメリットが他の社会学者の間で彼の地位に どの程度責任があろうと,直接にはハーヴァードでの彼の仕事を通じて,間接には彼の名声 と学者のコミットメントの共有された価値を通じて,社会学者をプロフェッションに魅了す ることによって社会学をひとつの学問領域として組み立てるにあたって彼が果たした事実上 の影響力は否定しがたいものである。
パーソンズは(社会学者の共同体に関する専門職問題誌)『アメリカン・ソシオロジスト』 を創刊することによって,アメリカ社会学の専門職化にも寄与した。パーソンズによって編 集された 1965- 1970 の『アメリカン・ソシオロジスト』は,専門職問題についての社会学者 の間の自己理解,自己研究のコミュニケーションのためのフォーラムとして広く知覚された (Parsons 1965)。しかしパーソンズの崇高な意思にもかかわらず,社会学というこの専門職 はそうはならなかったのである。

2. 社会学の当初の危機

2.1 C.Wright Mills『社会学的想像力』(1959) このポピュラーな本のなかで,ミルズはプライベートなトラブルをパブリックイシューと
関連づける能力,簡単な言語でビブリオグラフィーと歴史を架橋する能力以外には社会学的 想像力とは何かについてほとんど語っていない。もちろん両考察で,ミルズはパーソンズに 敵対している。ミルズはパーソンズの仕事を,抽象的すぎて対立の分析に不十分にしか波長 を合わせられない誇大理論として非難している。1950 年代の時代は,他の社会学者にも同 じような批判的声明を行うことを可能にした。ラルフ・ダーレンドルフの「ユートピアから の脱出(1958)」,デニス・ロングの「社会化過剰な人間像(1961)」はそのなかでも著名な 試みであった。これらのプログラム的声明の重要な帰結は知的なものだけでなく,社会学的 プロフェッションの方向転換を伴うことが意図されていた。権力,不平等,闘争が社会学思 想の分析カテゴリーとしてひとたび導入されると,社会学者を変革のアドボケート(提唱者) と想定する活動家の態度は決してはるか背後にはいなかった。ミルズは新しい,ラデカル社 会学者のこの役割は,哲学の王,ないし高貴な助言者であるよりも,むしろ王と民衆に同時 に顔を向ける者として明示している(Mills 1959 : 179- 181)。

2.2 Alvin Gouldner『西洋社会学の迫りくる危機』(1970) この非常に影響力を持った本の中で,グールドナーは保守的であると主張することによっ
てパーソンズ流のフレームワークを徹底的に破壊しようとした。一層強く,グールドナーは, 客観科学として社会学を展開しようとするいかなる試みもそのごく初期から失敗が宿命づけ られているものとみなした。そのため,グールドナーは,パーソンズの世界全体を糾弾する だけでなく,彼の思考に反発して生まれた代替理論(交換理論,エスノメソドロジー)をも 糾弾した。1950 年代のミルズと違って,グールドナーは新世代の社会学者,旧来の理論は 応じることができない感情を持つ 1960 年代のヤング・ラデカルズ世代に今や依拠すること ができた(Gouldner 1970 : 7)。換言すれば,グールドナーは社会生活の主観的性質は社会 学者によって社会学的認識そのものに適用可能なものとして認識されるべきだと述べた。そ れゆえ,社会学者は自分たちの態度,感情,感覚を彼らの仕事に変換すべきで,それによっ て社会を解放し,真にラデカルな社会学を実践することを提唱した。
1950 年代,60 年代の危機の声明は実質的に社会学の活動家によるラデカル化を引き起こ した。60 年代世代が時代から離れた 1970 年代初めは多少ともラデカルなニュー社会学の多 くのバリエーションの生まれるのを目撃した。これらの発展の一部は知的で,一部は専門職 のレベルで開花した。

スカラーシップの事柄では,1970 年代初めから一連のラデカルな社会学的著作が刊行さ れ始めた。ほとんど一夜にして,カール・マルクスが社会学の創設の父の一人になった(Manza/ McCarthy 2011)。はっきり批判的傾向を持つ特化した新しい雑誌が創刊され,この分野の主 要著作がマルクス主義その他のラデカル思想の影響を受ける一方で,マルクス主義社会学研 究が既成の社会学誌にも徐々に掲載されるようになった。

学会レベルでは,ASA に社会学者のラデカル化が起こった。この方向転換には,多様な 視点の社会学と多様な背景を持つ社会学の広い受容の要求が伴った。ASA は時折明示的な 政治問題,道徳問題にコミットし,従って会員の一部の反対を押し切って行動することを恥 ずかしいと思わなかった。二つの出来事が目立つ。1967 年に,サンフランシスコの年次大 会で,ベトナム戦争反対のデモが組織された(Rhoades 1981)。社会学解放運動は戦争終結 を要求する ASA 決議を提案した。しかし学会はフォーマルな方針を採択すべきでないこと に会員の多数が投票したときにその決議は敗北した。1968 年に決議が再提案されたが,再 び敗れた。他の語るべきストーリーは 1976 年に起こった。ASA 会長 Alfred McLung Lee の 指図で,ASA 執行部がシカゴ大学の社会学者 James Coleman を学会から除名しようとした。 彼のリサーチで,コールマンはバス通学プログラムによって公立学校から白人が逃げる傾向 がみられることを発見した。除名の試みは失敗した。コールマンの名がナチの鍵十字と一緒 に掲示された学会年次大会で公開セッションが開催された直後のことであった(Coleman 1989)。

ラデカルな危機社会学者は有利な人口統計学的環境に依拠していた。60 年代世代の社会 学は,第二次世界大戦後の社会学に存在したオプティミズムによって専攻し,社会学の大学 院学位を受ける学生数の増加に寄与したので,サイズの面で目立っていた(Turner/ Turner 1990)。1960 年までに ASA は会員 6 千名以上で 10 年前に比べると 2 倍以上であった。1960 年代は,数だけでなく,種類でも,現時点から見ても社会学者のバラエテイでも疑いもなく, 豊富であった(see e.g. the autobiographies in Sica/ Turner 2005)。

3. 新しい危機とアンチ・クライシス

ニューヨーク・ナイトクラブ・スタジオ 54 の著名なオーナーがかつて「倦怠の時代 dull age」と呼んだ 1980 年代の 10 年は,社会学もうまくいかなかった。ポスト 1960 年代世代の 絶頂が過ぎ去り,学生数,社会学会の会員の数も低下していった。1970 年代に,ASA は会 員を 10 年前に倍増させ,1,500 名になったが,1980 年代半ばに 1,100 名にダウンした。社 会学のこの急落は 1970 年代に盛り上がったラデカルな方向の楽観主義を考えると納得のい かない予想外の結果であった。

倦怠の 10 年の終焉時に高等教育の社会学の存在そのものにとってもっと良くないニュー スが到来した。社会学ではきわめて珍しい週刊誌で報じられた出来事であった(Kantrowitz 1992)。もっとも厄介な兆候はイェール大学の社会学科の定員 40% 削減の計画,ロチェスター 大学とワシントン大学セントルイス校の社会学科の事実上の閉鎖であった。上記の出来事は つながりのない出来事なのか,社会学に広く影響を及ぼす趨勢が存在するのか定かでないが, 社会学が困難の渦中にいるものと考えられた。それに呼応して社会学の全く新しい危機がア ナウンスされた。

3.1 Irving Louis Horowitz『社会学の腐敗』(1993) ライト・ミルズの批判的な自伝執筆者(Horowitz 1983)の手になるこの本は,特にマル 
クス主義者のイデオロギー的傾斜と同時に政策との無関係によって,学問として社会学が衰 退にあるという議論を展開している。ホロビッツがいうには,イデオロギーへの寄生で社会 学は同時に断片化し,凝集性を欠いている。そのうえ,犯罪と法のような研究分野は新しく 開発された研究領域(犯罪学,法と社会)の主題となり,社会学から取り上げられ,結果と して社会学専攻の数は大幅に減少してきている. 

3.2 Stephen Cole『社会学の何が間違っているのか』(1994/2001)
元々は 1994 年に雑誌『社会学フォーラム』の特集号 8 編として刊行されたが,8 つの章を追加して 2001 年に編著として登場した。この書は社会学のラデカル化と関連した幅広い トラブルに取り組んでいる。著者達は,社会学のイデオロギー的性質を嘆き,関連して社会 学理論と調査の様々のありふれたものであるが決して気づかれていない欠陥を指摘する。こ の書の疑問への解答は,決まって多くは「社会学の問題であり,改善の展望は芳しくない」 というものであった。社会学が実際どれだけ間違っているかは,イデオロギー的に堕落した 知的に凝集しない社会学の新しい危機という基本的前提を受け入れる者によっては予見でき ないものであった。古い危機は 1960 年代の対抗文化世代が社会学をラデカル化したことに 依拠しえたのに対して,新しい危機は 1980 年代社会学の衰退の含意を取り上げねばならな かったからである。

3.3 Michael Burawoy 公共社会学(1999- 2004) 社会学の危機の歴史の最後の契機は特定の出版物とともに発生したり結晶化しはしなかっ たが,アメリカ社会学史上の学会の出来事ともに開始した。1999 年に ASA 編集委員会委員 長マイケル・ブラフォイは ASR の編集提案が ASA 理事会によって従われなかった事実に抗 議して彼の職位を辞する決心をした。ASA 理事会は代わりに学会の旗印のジャーナルを編 集する二人の社会学者からなるチームを指名した*。辞任は彼の特権であったが彼はまた自 分の決心を他者に伝え,選考プロセスに関する情報を漏らしている。これは学会の守秘義務 方針に違反している。
* マイケル・ブラフォイの辞任の手紙と ASA 会長 Alejandro Portes の応答は,Footnotes July/August 1999 をみよ。

編集委員長の辞任は事態が政治的人種的底流を持つという事実に鑑みて社会学者の間で沢 山の注目を集めた。とくに新しい編集者が有色の人物であったこと,その決定が期待され巧 妙に仕組まれたものであり,もっと多様な形の社会学を反映するように雑誌の実質的方針変 更を伴うものであった。勝機と復讐の機会が舞い降りてきたと感じた彼は辞任のすぐ後, 2001 年に ASA の会長選に立候補した。一年後に当時オースチンのテキサス大学教授であっ た Teresa Sullivan を破って,当選し 2003 年に会長に就任した。

ブラフォイは,公共社会学を冠したプログラムの公約を発表した。彼は社会の鏡と良心と いう社会学の役割の観点から綱領を定義したが,それは世界は多様であり得るという活動家 の発想に触発されたものであった*。公共社会学のテーマでブラフォイによって組織された 年次大会が 2004 年サンフランシスコで開催されるまでに,その見方は,通常の左翼活動家 の系譜の社会学の大いに政治化された理解にあたる者たちに広い支持を獲得していった。大 会は最も明確に政治化されただけでなく,ASA のこれまでの最大の参加者を集めた**
* ブラフォイの会長立候補の個人的声明。Footnotes March 2002 をみよ。
** 公共社会学者はサンフランシスコで記録を更新した。Footnotes September/October 2004.

公共社会学の正確な性質と問題点はここでの我々の関心事ではない(それについては Daf- lem 2004a, 2005)。公共社会学はその当初の導入以来,合衆国においてだけでなく,社会学 が行われている世界の多くの国で,熱心に支持されてきていることに触れておくことで十分 である。世界規模で公共社会学への関心を巻き込むのに,ブラフォイが ASA の会長として 公共社会学の利点を講演するために国内世界を旅行する資金を支給されたことが助けとなっ た。世界中の学術雑誌で 2 ダース以上のシンポジウムが公共社会学に捧げられた。2010 年 にブラフォイは,任期 4 年の国際社会学会会長に就任した。グローバルな成功を考えると, 公共社会学は社会学の新時代(社会学が少しも危機感を持たない時代)に先導役を務めてい ると結論しても間違いではない。社会学のラデカル化は実際に存在するすべての社会学を破 壊したり攻撃することなく異議を唱えられないアプローチとして公共社会学を完全に制度化 する地点に達した。私は以下でこの発達の条件と含意を特に大学における社会学のポジショ ンと役割に関して論じたい. 

4. アメリカ社会学会と大学での社会学教育

4.1 アメリカ社会学会 社会学の学会組織は現在は量的な意味ではきわめて良好の状態である。2001 年の会員数
は約 13,000 人,学会年次大会の参加者も一貫して高い数字を維持している*。私は社会学会 のこの成功は,これまでより区別がつかなくなったテーチングとスキルの未熟な社会学者集 団とともに生じたと見ている。政治化した社会学者活動家がますます増殖する集団が学会の 職位を継ぐので,社会学会への加入が業績から帰属に後戻りさせていると語ることは全くメ リットがないわけではない。今日の社会学の専門職化は非専門職主義によって可能になって いるのである。社会学の旧来の危機は二重の意味で終焉した。つまり社会学者は数が増え増 えたものの多くは政治的であるという点で。
* Scelza, J./O. Spalter- Roth/O. Mayorova 2010 A Decade of Change : ASA Membership from 2000- 2010. ASA Research Brief.

この新しいラデカルで高度に政治化した社会学の成功は単に社会学を実践している者の政 治化の増大の結果ではない。社会学を実践している者の大半は一般にある程度は左寄りであ るからである。1990 年代初めに社会学の変質と悪しき方向への転換を嘆いた社会学の守護 者すら,自身は政治的に大半は左翼であったからである。しかしながらリプセットが指摘す るように,この世代の社会学者は彼らの政治活動家志向を彼らの学問活動と明確に区別して いた(Lipset 2001)。少なくとも部分的に明確である政治的かその他の道徳的関心事の影響 下で研究領域が選ばれたとしも,理論と調査の更なる展開は科学的に営まれていた。

しかし政治的活動家的アジェンダが,彼らの専門職の様々な活動を行う際に,社会学者に よってはるかに容易に支持されるようになったために,理論と実践の分析的な分離は今日で はもはや広く受け入れられないものである。ASA の最も奨励され目立つ活動は,その憲章(学 会綱領)で学会の目的として謳われている社会の科学的研究や社会学という学問の向上とは 無縁である*。代わりに,学会は時代の重要な問題に関係する野心のある政治的活動家的問 題にもっと強く志向している。
* ASA 憲章第 2 条は,「学会の目的は研究,教示,議論の触発と改善ならびに社会の科学的研究に従事 する人々の協力関係を鼓舞することにある」と謳っている。

例えば,その組織に関して ASA は多様性声明(diversity statement)にコミットしている。 それは,有色,女性,ゲイ,レズビアン,バイセクシャル,ジェンダーを超越している人, 障碍者,小さな大学研究施設の社会学者,政府,企業,その他の付属施設で働く社会学者, 海外の学者を含めるという組織方針をとっている。もっとマイルドに述べると,いかなる学 会組織にとっても,任意の特定のカテゴリーを排除することは具合が悪いのである。しかし 学会組織があるカテゴリーだけを含める選択をするのはなぜか,他のカテゴリーを排除する のはなぜかは決して明白ではない。多様性声明ははっきり言って,偏っていて時代遅れであ る。もっと驚くのは,社会学会におけるマイノリティの数は極端に少ない状態が続いている ことである。何らかの構造上の障害と文化的な傾性に関係なく有色の学者をリクルートする にはそれはあまり有効ではないので,社会学会のどこかが間違っているのかと尋ねねばなら ないほど少ないのである。2010 年で 13,708 人の全会員うち,ASA はアフリカ系アメリカ人 は 6%,ヒスパニック系アメリカ人は 4.3% である。対照的に女性の数は急激に増加し, 1990 年初め以来,女性会員の方が上回っている。院生身分で特に著しい。

その活動家的プログラムでは,ASA 2003 年にイラク戦争に反対の決議,2004 年に同性 婚賛成の決議をしている。学会はさらに幾つかの最高裁判決で,裁判所の友(amicus cur- iae)のブリーフをファイルしたことを自慢している。活動主義は学会年次集会でも支配し ている。2011 年の「社会紛争」,2012 年の「リアル ユートピア」,2013 年の「不平等を尋 問する」のようなトピックを含んでいる。政治化した社会学は社会学雑誌の頁を埋めている。 その内容的な志向よりも方法論的アプローチの点で高度に科学的なブランド作品とそれは共 存している。

疑いもなく,ブラフォイによる公共社会学の導入がなかったら,近年の社会学史は別のも のになっていただろう。しかしカリフォルニア大学バークレー校のある社会学教授(訳者 ブラフォイのこと)でさえ,彼の復讐をうまく実行に移し,社会学学会全体を乗っ取るのに 有効な十字軍を開始するのに好都合な環境を必要とした。その点でかつて一度公共社会学の 概念がアメリカ社会学に導入されたことがあることを指摘しておくことができる。コロンビ ア大学の社会学者,ハーバート・ガンスは 1988 年の学会会長演説で,ブラフォイとは別の 意 味 で そ の タ ー ム を 述 べ た( G a n s 1 9 8 9 )。 ガ ン ス 自 身 が 後 に 認 め る と こ ろ( G a n s 2 0 1 1 )で は , 彼の努力は社会学に大きな影響を与えることができなかった。ブラフォイがそのタームを使 用したとき事態は変化した。その事態をガンスは当初は留保で迎えられたが,次第に無制限 の熱狂によって迎えた。ブラフォイが公共社会学の公約で会長選に立候補の声明をしたとき, ガンスはすぐに社会学者にそのタームを導入したのは自分であることを思い出させようとし た(Gans 2002)。しかしながら 2004 年の ASA 年次集会に続く公共社会学の成功以来,ガン スは自分が提唱していない公共社会学の創設の父としての地位を受け入れてきている(Gans 2011)。2006 年に彼は ASA より「傑出したキャリア学者賞」を授与された。公共社会学の 正しい意味をめぐる事件は、公共社会学の複数バージョンで表明された,任意の種類の公共 社会学に向かう戦略的便宜的動きが起こったので,今では沈静している。公共社会学の理解 に基づいて,社会学は今は危機を乗り越えているが,それは誰一人もはや同意できないポス トモダン条件が到達されたためではなく,全員が公共社会学者の支持者であることが期待さ れるので,社会学者の間に同意以外の何も存在しないためである。同意しないものはもはや 社会学者ではないのである。

どちらの意味でも適切と見なされる公共社会学の暖かい支持と社会学者の大きなグループ の中での引き続きの成功を所与とすれば,ジョージ・W・ブッシュ大統領の時期に作り出さ れた文化的雰囲気のインパクトによって少なからぬ度合いで旧来の危機の提唱者の復活が可 能となることが想定されうる。だがそれ以上に存在したに違いない。というのは右翼への政 治転換がイラク侵攻に続く 2004 年頃からの公共社会学の成功に寄与してきたからである。 そして政治的に不和を生じさせる争点がまだ定式化していなかった 1999 年に公共社会学が 最初に登場したことにはそれは責任がないからである。
 私が言いたいのは,社会学の今日のラデカル化に責任があるのは,今日の社会学者の多く の政治志向ではなく,彼らの学問的剛胆さが相対的に弱いことにあるということである。多 くの社会学者は公共社会学という耳障りよく聞こえる見出しの下で,ラデカル化した社会学 の落とし穴にはまっているのである。彼らは自分自身の活動を批判的に思考したり,認識論 的挑戦を重視したり,一方の理論的視点,方法論的アプローチと他方の様々な社会学的危機 への職業組織的問いを区別したり,プロフェッションとスカラーシップを区別するのに必要 なスキルを持っていないのである. 
ASA という社会学職の組織レベルでは,公共社会学の発生は商業モデルへの組織転換, スタッフのマネージャー化,公共性の組織的希求と関連づけることができる。社会学という 学問を増進するよりも,ASA は量的観点から学会の成功を喧伝する一方で,印刷物のリリースを発行し,政治的道徳的問題に関する声明を出してきた。社会学プログラムに記載される学生数,授与された修士博士号の数,ASA 年次集会参加者数の報道がその例である。ウィキペディアの頁では,ASA は世界で最大の社会学者の学会であり,ISA よりも大きいことが描かれている。その声明は 2001 年に学会がウィキペディア・プロジェクトを開始した産物である。それは,ビックリするほど地球文化的感受性に欠け,人口統計学についての簡単な理解に欠ける,市場志向を裏切る意図的自己提示である。さもなければ,合衆国における一 人あたりの社会学者のは他の西洋諸国より低いことが認識されただろう。
社会学会の商業化は公共社会学登場の数年前からすでに進行していた。その発達は,社会 学共同体の学問的に優れたメンバーが専門職ポジションの時間消耗的義務から離れて逃避してきたことと,学会の中心的ポジションにマネジャーが輸入された結果であった。特に指摘しておく価値のあるのは,ASA の理事(the Executive Officer)はほぼこの 20 年の間,高度に発達したテクニカルなスキルを持つマネージャーとして知られ,その獲得した社会学の学位が正当化のツールとして役立つ個人の手中にあったことである。公共社会学の採択は,公共社会学が政策社会学と全く別のものであると自己規定したときでも,公共的事柄部門を設置することによって,社会学をもっと政策的なものにすることを志向していた旧来の公共性の試みに依拠することができた。関連して,ASA は組織のロゴと年次集会のテーマをあし らった様々の販売促進アイテムを売り出した(Deflem 2004b)。

誰にも,少なくとも情報通の社会学者には,社会学会のマネージャー化は大きな驚きを起こさなかった。結局先進資本主義下の大半の組織に当てはまるものが社会学会には当てはまらないと仮定することは学問的な謎であろう。組織された専門職として社会学会は経済的実在でもある。どんなに高尚でも理想的でも,すべての人間の営為は,自らを維持する組織インフラを必要とするというようなことは何も問題ではない。もっと問題を孕むのは,社会学の物質的インフラの指令が社会学の使命に割り込んできて,自分は誰であり何をすべきかを社会学者がどう考えるかを方向付けし直している点である。いずれにせよ,皮肉な結論は,社会学のラデカル化が学会の商業化によって促進されてきていることである。社会学的マルクス主義の成功はアメリカ資本主義の産物である。

4.2 大学での社会学教育 今世紀の変わり目まで続いた社会学の危機とそれ以来の公共社会学による解決はアメリカ
の大学で教えられている社会学にどのような影響を与えたか。もちろんある程度は事態はそ れ以前の通り進んできたし,今後もしばらくの間通常通り進むであろう。講義は教えられ, 学位は授与される。しかし重要な変化もある。
社会学会の学問的立場について私が述べてきたことを確認するなら,アメリカの大学で社 会学を専攻する学生は GPA(Grade Point Average)によって測定された,GRE(Graduate Record Examination 米国の一般大学院入学適正試験)の結果のようなテストの点数によって 測られるトップの成績範疇から補充される傾向はなくなった(D’Antonio 1992)。特にこの 数十年スマートな学生は社会学のキャリアを昇ろうという傾向がなくなった。もちろん我々 の社会はご承知の通りなので,最も聡明な学生は途方もなくもっと金銭的に報われる展望を 持つ学問に動くであろう。だがそれだけが唯一の理由ではない。職業の報酬構造の階層は今 日のそれとは大いに異なっていなかったとしても,戦後の時代は大いに才能のある人々を惹 きつけてきた。社会学の戦後の黄金時代は,社会を研究し,社会学という学問によって社会 の病根を退治する仕事につくと感じさせる緊急事態から恩恵を受けてきたといわれる。だが いつの時代も自らの切実な社会のニーズと関心を持つので,社会の変化はアカデミックな社 会学に他の学問とは異なった,それよりもっと深く恒常的に影響を与えるであろう。国際暴 力,経済の停滞のような争点に関する今日の問題はこれまでの数十年に社会が直面してきて いる問題よりも,社会学にとっては,レリバントがないと信じられている。それゆえ結論は, 社会学はもはやその当初の約束を果たし得ないというものである。社会は依然社会学にレリ バントであるが,社会学は総じて社会にレリバントであると思われない。問題は社会学教育 の供給サイドにあるに違いない。

社会学はそれが耕してきたものしか刈り取れない。社会学が学問的危機にあると思われな がら多数の学生を卒業させる豊かさを享受した時代に ill- conceived political learning(まずい 構想の政治学習)と貧弱な教育のために,せっかく社会学に魅せられながら,1970 年代以 後の社会学学生の多くは貧弱な教育を受けた学者(poorly educated professionals)にしかな れなかった。貧弱な教育を受けた学者は上手に教育することは期待されえない。今日の社会 学者は研究するために最も重要なものは何か,最も適切な見方,方法論は何かに関して意見 が一致していないので,最も必要と彼らが考えるものを教えるのに一貫していない。グッド ワークを構成するものについての社会学者間のコンセンサスの欠如は,最も尊敬される学科 で仕事をする人々,彼らの仕事が最も注目を浴びる人々が必ずしも聡明ではないことを意味 する(Stinchcombe 2001)。
社会学の使命の貧弱な理解の結果として,政治が今や学問に取って代わっている。「予言 とデマゴーグはアカデミックのプラットホームには属さない」というウェーバーの格言 (Weber 1918 : 146)は,今日のかなりの数の社会学教授には完全に忘れ去られている。特に 公共社会学の信奉者は大学のキャンパスで活動的社会学者を推奨するために多くをしてきて いる。公共社会学は幾つかの合衆国の大学で専門領域,教える主題となってきている*。結 果として,左翼に傾斜する学生は保守系の学生よりも社会学に引き寄せられ,社会学の政治的色彩の一層の同質化に寄与している(Fosse/ Gross 2012)。
* 2004 年のあと,幾つかの社会学科は自発的に公共社会学への特別の関心を持つことを自己提示し始 めた。ジョージ・メーソン大学,イタカ・カレッジ,フロリダ・アトランテック大学,アメリカン・ユ ニバーシティ,カリフォルニア大学バークレー校(Deflem 2005)。オンライン検索では,公共社会学ア ジェンダを明確に支持している学科の数は近年数倍に増加し,今や,ミズウリ州立大学,シラキュース 大学,セントルイス大学,ノースカロライナ大学ウィルミントン校,サレム州立大学,フンボルト州立  大学,ベーカー大学その他が含まれる(Google 検索 2012 10 30 日)。

社会学のラデカル化の影響はキャンパスで最も感じられる。公共社会学が実際に特にメ ディアの主流に何とか取り入る少ない機会では,その影響は甚大である。それは一般誌にも 登場するので,最も当たり障りのないくだらない話(the blandest dribble)は公共社会学の 立派な行い(grand act)として提示される。Jeffrey Alexander のような理論社会学者を自認 するものさえ,最近 Huffington Post に登場したので自己の著述を公共社会学として述べてい る(Yale Sociology website)。この論文は,彼のゼスチャーが雄弁ではないという演技の失敗 の故に,バラク・オバマがミット・ロムニーとの最初の大統領選討論に負けたと述べている (Alexander 2012)。この論文がオンラインに載せられた一ヶ月あまりで,11 のフェースブッ クシェアと 25 のツィッターポストを受け取った。

専門職者の政治化したポピュリストと違って,科学の基準に基づいた学識に依然コミット している社会学者は一般大衆や潜在的学生にはよく知られることはない。なぜなら,彼らの 作品の比較的高い度合いの真面目さが障害と見なされるだろうから。ポピュラーなテーマが 学者の視点から教えられるときでも,それはゆがんだコンテキストのもやのかかった霧(the hazy mist of a perverted context)を通じて知覚されるだろう。法社会学の領域で最も仕事を する者として,私は高度に社会とレリバンスを持つトピック(犯罪,警察,テロリズム)を クラスで教える負の意味を検証することができるが,現在のアカデミックなコンテキストで は,それは容易に誤解される。私は「レディ」と「ガガ」の語を含む社会学講義を教えたと き,この問題をもっと鮮明に自覚した*
* サウス・カロライナ大学で「レディ・ガガと名声の社会学」の私の講義が 2010 10 月末に初めてア ナウンスされたとき,それは世界で一番のレディ・ガガニュースになった。インターネット,印刷物, ラジオ,テレビ上に数千の報道とコメントが寄せられた。一般の人びとの社会学認識の嘆かわしい証拠 で皮肉なことだが,名声 fame と知名度 celebrity の社会とのつながりを確認するなら,講義の目的は, センセーショナルで催し好きなメディアによってだけでなく,保守主義アウトレットによっても誤解さ れた。後者では,講義が高等教育の非学問的トレンドの一部と誤解された(e.g. Allen 2011)。組織され た社会学では状況は一層厄介である。ASA ニュースレターであるフットノートはこの講義について二 度も取り上げた。私がもはや学会の会員でもない,掲載許可を私が与えなかった事実にも拘わらず,3 つの報道メディアだけを参照しながら。公共社会学者は自分たちのものでないものにまでクレームをつ けている(Deflem 2012)。

科学の精神を持った社会学者は政治化した,一流ではない同僚との骨の折れるバトルに直 面している。科学社会学者ステフェン・コールが指摘しているように,多くの社会学者はイ デオロギー的であるだけでなく,イデオロギー的でありすぎるので,社会学は一人残らず, 必然的に左翼であるというの考えの普及に寄与している(Cole 2001b)。まれでなく,学生 達の間に,社会学は科学でなく,しばしば社会主義と混同されることがある*。教えるにあ たって自分を政治信条にコミットしているものと見なす社会学者は,それを決して認めたい と思わないだろう。公共社会学が 10 年前に開始したとき,マイケル・ブラフォイは教える ことの中心性と我々の最初のパブリックとしての学生のレリバンスを強調した(Burawoy 2002)。
* ASR 掲載のある論文(Volschoa/Kelly 2012)が最近ブログ上で,社会学者が共和党員をアメリカにとっ て悪であると言明したと受け取られた(Science Codex 2012)。もっと興味深いものとして,コメント欄 で,誰かが「人類学者はそのような著作を書くべきではないとくに国政選挙の直前には」と意見を述べ た。それに対して別のコメンテーターが「彼らが人類学者なら,それは 90% 非科学的だろう。これは 社会学者と政治学者であったが故に,これはそのかわり 100% の脚色であった」と注釈した。
 社会学の政治化した性質は大学管理者,政策形成者,一般大衆に社会学の信用を疑うように導いた。そのような知覚の真に悲惨な側面は,社会学が必然的に左翼である,一部の社会学者が明らかに左翼の傾向を持っていないことは真実ではないということではない,ましてや一部の社会学者はまだ何とかして彼らのポリテックスを教室から排除しようとしているということではない。むしろ,社会学にとって最も厄介なのは,多くの社会学者の学問的無能が認識されず,ポリテックスの事柄と知覚されていることである。政治的無駄と戦うことに基づくよりも,むしろベターな議論の勢力を引き出すことを拒絶するなら,科学は前進できない。
社会学者にとって,政治的であり,教えるときにそれに従って行為することと,この態度 が高等教育の場で持続し栄えるかどうか,それはなぜかを黙考することとは全く別なことで ある。ある学科の閉鎖の議論を知れば,ある程度社会学はそのポリテックスをめぐる渦中に おかれてきている。しかしながら,1990 年代初めに閉鎖にあった少数の学科より社会学の 大きな規模での政治化を考慮すれば,社会学教育の政治化がごく最近,目立って増大してき ているのを考慮すれば,アメリカの高等教育の場でかくも多くの社会学科が今日まだ存在し, 何も少しも変わらないかのように稼働しているのはもっと注目を引く事柄である。

大学の管理者,特に学部長は,社会学科とその教員にかなり低い評価を抱いていることが 時おり語られる(Lipset 2001)。ある最近の研究は,「学部長が社会学教授を,アカデミック な厳格さを維持,院生を惹きつけることの成功,グラント獲得や,レフリー制雑誌の掲載能 力,キャンパスでの全般的威信のような幾つかの領域に基づいて芳しくない等級付けをして いること」が語られている(Hohm 2008)。社会学科は左翼と活動家に傾斜した学生を惹き つけ,実質的問題,方法論問題に一貫性と同意を欠き,反合理主義の潮流を支持していると いう理由で,学部長は社会学科に比較的否定的な見解を持っていることが語られている (Huber 2001)。 学部長が述べていることは彼らが考え,行っていることと必ずしも一致しない。もし社会 
学の問題点が非常に明白ではっきり認識されているなら,重要な疑問は,社会学科が存在す ることを許されているのはなぜかである。この点で社会学教育の政治化を支えているのは, 想定されている高等教育の政治的性質ではなく,高等教育の商業化である。前者の議論はポ ピュラーなものだし,メディアや一般大衆の間でしばしば叫ばれている。大学はリベラルを 育てている,大学は学生を世俗化させている。しかしこの考えは,記述的には正確でないし, 高等教育の発達を説明することができない。むしろ,社会学教育の政治化は社会学科が果た すことができる経済的機能の故に存在し続けているのである。

今日の大学は入学の基準を下げ,彼らの準備の水準に関係なく以前より多くの学生を受け 入れている。例えば,私が目下勤務しているサウス・カロライナ大学では,学部生の数は 2006 年の 18,000 から 2011 年の 22,000 に上昇している。純粋に教育的事柄として,相対的 に低い知的スキルにも拘わらず,教えられねばならない学生の量は,教員に抵抗をもろとも せず基準を保つようにというかなり顕著な圧力をかける。上記の状況下で働く最良の教師で さえ,学生に合わせてトラブルを避けるためにアカデミックな基準を維持することは容易い ことではない(Becker/Rau 2001)。差別表現をしない(political correctness)は,排除の政 治に荷担する政治的行為を意味するものとして受け取られることをもたらしてきている。最 も悲劇なのは,大学の管理者から学科に登録者を維持せよという圧力が行使されている。低 いスキル水準の学生は入学させられるだけでなく,卒業しなければならない。学士号を手に 入れることは正義の事柄となり,獲得した学士号そのものが模造品(mockery)となってき ている。高等教育に帰せられている統合機能と学生の多様性を高めるニーズはさらに皮肉な 帰結をもたらしている。

包括的な研究『アカデミック世界を漂流して(2011)』のなかで,社会学者 Richard Arum/ Josipia Roksa は「今日の大学に学生の二重構造が存在する」ことを明らかにした。大きなま た比率が伸びている学生群は,十分な推論と書くスキルを欠いている。目的が定まらず欠け ているので,彼らは単位の取りやすい授業をとり,できるだけ学習に少ない時間を割いてい る。教授と院生のテーチング・アシスタントは取れていない単位を与えるように圧力をかけ れられている。典型的には,特権的背景と良質の高校出身者はまだ学問への挑戦意欲があり, 在学中有意義に学んでいる。大学の管理者は上記の問題を十分自覚しているが,彼らの管理 者の思考が問題を処理するより状況に合わせるように導いている。
 高等教育組織に影響を与える社会の変化は様々な学問に異なった作用をしている。工業化
学科,細胞生物学科は高等教育に必須の知的能力を欠く沢山の補欠入学者を歓迎せねばなら
ない。しかし上記に比べると試練を受けていない社会学,他の社会科学,行動科学,人文学 はもっと反対の影響を受け,できの最悪の学生を受け入れねばならない。皮肉なことに,益々 多くの社会学者がこの課題をかなりうまくこなしている。かつて社会学者は,社会学は最も 知性の低い学生を惹きつけるので,自分たちの学科は予算削減に弱く,大学管理者の尊敬を 失うことを恐れていた(Becker/ Rau 2001)。今日では管理者は同じ理由から社会学を暖かく 抱きしめているので,正反対のことが真実である。社会学は経済的機能を果たすために存在 し続けることが許されている。大学の管理者はビジネスとして大学を形成し直し,天職とし て教えるという理想を放棄している。再び目下私が勤務する大学を例にすると,サウス・カ ロライナ大学は 2012 年に学生と大学の勤務者が「ブランドを生かせ」と鼓舞される,マー ケテングとブランド化を統合したキャンペーンを開始した(USC Times 2012)。起業家的大 学(Etzkowitz et al. 2000)のそのような状況下で,それは特定の政治・倫理の指図でなくモ ラリティの欠如であり,社会学がそのラデカル化した政治化した形態で進むことができるこ とに貢献してきた道徳的指針の欠如である。

5. 社会学とポリテックス

社会学は歴史的に様々なサイクルを潜り抜けてきている。今日安定の新たな時代が先導さ れているで,危機のサイクルは終焉している。キャンパスでの社会学の目下の成功は経済変 化が社会学の発展と交流する仕方の結果であることを明らかにしてきた。社会学にとって外 部社会の変化(特に財政危機)は大学の管理者をビジネス・モデルに迎合させ,大学のアカ デミックな使命を撤回し,健全な財政姿勢を続ける名の下に個人の責任を避ける無責任な経 済選択を取らせていることを明らかにした。この文化的に弱い反応は,重く政治化した社会 学が学問に挑戦的でなくより民衆に媚びるものであるがゆえに,大学の中で存続し続けるこ とを可能にした。社会学の政治化そのものは,社会学のアンチ・クライシス以降の社会学の 方向の観点から,彼らの学者,教育者としての正しい役割を理解せず,彼らのポリテックス がスカラーシップに取って代わらせることよりベターなことを知らない,実務者の貧弱な知 性発達の結果である。政治化した社会学は志向において圧倒的に左翼であるという事実は, 知性の欠如ないしは低度の知性主義にそのより深い原因がある様相に他ならない。

外部社会の変化と社会学内部の力学は,大学がビジネス・モデルに賛成して道徳的使命を 放棄した高等教育の制度水準で出会ってきた。一世紀以前に,ウェーバーは「彼の目にした 教師のアメリカ的概念は次の者であると述べている。八百屋が私の母にキャベツを売るよう に,教師は私の父の金と引き替えに,彼の知識とメソッドを売っている(Weber 1918 : 149)」。今日高等教育の管理者は自分のところの教師達に同じ態度を取ることを求め,自分 を八百屋,学生を顧客と見なしている。今日の社会学では,従っているものが多い。

今日社会学の多くは,あまりに政治的であるので良き学生を惹きつけることができず,入 学してくる者に適切に教えることができる知性が備わっていない。どんなことがなされてい るか。社会学という学問の内部では,新たな危機に乗り出し,科学としての社会学の理想を 強化し,計量の代わりに定性に重きを置き,社会学をアンポピュラーにし,社会学の当初の 約束を再スタートさせることである。社会学者は明確な科学的基準に基づいて自分の仕事に おいてもっと厳格になるべきである。学生に対しては,この態度は理論と調査のための正確 な基準を定め,政治的考慮,人間的考慮に基づいてよりもむしろ上記の基準に従って成果を 判定すべきである(Cole 2001b)。対外的には,経済的圧力に直面して,変化が起こる必要 がある。上記の問題は構造的なものであるがゆえに,この任務は容易くはない。しかし教育 の道徳的機能の更新に向けて力を合わせて働くことが必要である。

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See also: 公共社会学とホットドッグとアップルパイとシャーベット.


【訳者後記】

訳出したのは,Society 2013 年 50 巻 156166 頁に掲載された Mathieu Deflem 執筆 The Structural Transformation of Sociology と The Journal of Professional and Public Sociology 2005 年 1(1)に掲載された Public Sociology, Hot Dogs, Apple Pie, and Chervrolet である。著者デフ レムはベルギー生まれでベルギーのルーヴェン・カソリック大学を 1983 年に卒業,1986 年 に同大学修士課程修了,1990 年イギリスのハル大学修士課程修了,1996 年にアメリカ・コ ロ ラ ド 大 学 で 博 士 学 位 を 得 て い る 。 2 0 0 2 年 サ ウ ス ・ カ ロ ナ イ ナ 大 学 の 助 教 授 ,2 0 0 5 年 准 教 授 , 2010 年以来教授である。
最初の論文は,Society 誌がマンハッタン研究所と共催したシンポジウム「1960 年代以降 の高等教育の変貌」の登壇者として報告した原稿に加筆したものである。様々の分野の学者 が寄稿している。社会学を代表して報告したのがデフレムである。

訳者がデフレムのこの論文の存在を知ったのは,Stephen Turner 2014 American Sociology : From PreDisciplinary to PostNormal(Palgrave Macmillan)の文献一覧を通じてである。デフ レムの名はそれ以前に American Sociologist 誌 2005 年 36(3.4)号掲載 McLaughlin/Kowal- chuk/Turocotte 共著「社会学は救われる必要がない 公共社会学の分析的省察」の中で,個 人開設ウエブサイト「社会学を救え」上でブラフォイの公共社会学に対する反対キャンペー ンを展開している人物として紹介されていたので知っていた。

第二の論文は,ブラフォイのアメリカ社会学会会長就任中,アメリカ社会学会の運営が政 治化,ビジネス化していく様子に我慢がならない,マルクス主義社会学が公共社会学という 羊の皮をかぶって学会,大学の社会学科内に浸透していく様子に我慢がならない一社会学者 が,上記のウェブサイト「社会学を救え」に掲載したり,ASA 全体や個別部会のニューズ レターに寄せた意見,告発,異議申し立てをまとめたものである。特にこの論文は,ASA 公共社会学部会が発行する雑誌創刊号に,自分たちグループの批判者であるデフレムに直々 に寄稿を依頼してきたものである。第一論文では極力トーンを抑えていたデフレムがアメリ カ社会学会の質的劣化の指摘,ブラフォイが会長であったときの学会執行部のやり方に行っ た痛烈な批判の内容を知るのに格好のものである。

前述の Stephen Turner の著書は,1990 年に彼が Jonathan Turner と著した著書 The Impos- sible Science. An Institutional Analysis of American Sociology が 1989 年,絶頂期の 60 年代以降 で社会学専攻生の登録,修士,博士学位取得者が最低を記録し,社会学人気がもっとも低迷 した時期で考察を終わっているため,その後の 25 年を新著の後半部分で取り上げたもので ある。Stephen Turner の著書は,社会学専攻生,学位取得者の回復が女性の社会学専攻希望 者の増加によることと,しかしながらアメリカの社会学界のエリート大学によるヘゲモニー の不変,それを可能にしている構造(アメリカ社会学会要職の寡占と ASR,AJS 掲載寡占に よるジョブマーケット支配)に着目している。

デフレムの第一論文は,最近のアメリカ社会学会会員の増加,大学の社会学専攻者数の回 復に焦点を当てながら,学会会員である学者,教員と,彼らのテーチングを受ける学生の(量 的復活だけで喜べない)質的劣化を問題にしている。ステフェン・ターナーのアメリカ社会 学の現状分析とはひと味違った考察が味わえる。

なお Stephen Turner/Jonathan Turner 共著 The Impossible Science. An Institutional Analysis of American Sociology 1~章の翻訳は訳者が教養学部論集 167, 168 号(2014 年)に「自然科学 のようになれない社会学」と題して掲載している。関心のある向きは参照されたい。


See related writings on the sociological profession.